第1節 済南市

 済南市は山東省の省都です。
 済南市は4000年前の黒陶が出土した紀元前年から栄え、春秋時代(BC770~BC475年)には斉の都でした。

 

 2010年9月13日に訪れ、市の中心の大明湖南側の明清代の町並みと趵突泉公園と郊外の曹植墓を訪れました。
 ここで獅子型門墩:1組 箱子型門墩:3組 石鼓型門墩:1組と門枕石:10組を見付けました。

   画像1:萬竹園案内図          (画像をクリックして 大きくなりますヨ) 
       元代(1271~1368年)に創建された邸宅を、北洋常備軍第五鎮統制

      だった張懐芝(後の山東省長)が1912年に購入し、十年掛けて12000㎡

      に拡張し、北方四合院の風格を持つ古建築庭園にした豪邸です。

 

   画像2:李苦禅記念館正門
        萬竹園の東側を1985年に李苦禅記念館として開放。
        李苦禅は1899年に山東省に生まれた画家書道家美術教育者です。

 

   画像3:李苦禅記念館正門の獅子型門墩 (高:89cm 幅:30cm 長60cm)
        保護のためにプラスチック板で囲われています。
        台座の側面に“花と鳥(長春白頭)”=“子孫繁栄”の吉祥図が、正面

       に“桐の木”が、隣の石には“貪獺呑日”が美しく彫られています。

       彫られた寓意は分かりません。

 

   画像4:李苦禅記念館第二門の箱子型門墩 (高:63cm 幅:31cm 長53cm)
        台座の上に錦鋪を掛けた竹製の台が彫られています。
         錦鋪には子沢山・子孫繁栄を象徴する瓜と葡萄の吉祥模様が彫られ

            ています。
        台座の正面と隣の石には博学を象徴する古い器物(博古)が彫られ、

            内側には平安を象徴する良く葉の茂った蕪(夜々平安)が彫られてます。

 

   画像5:萬竹園第三門の箱子型門墩
        上の箱の内側には“太陽を指差す高官と太陽を仰ぎ見る童子(指日

            高昇)”=“間もなく官位が上がる”吉祥図が、正面には“樹蔭で男に話し

            掛けられる麗人”(寓意は知りません。)が、台座の内側には“長い髭を

            生やした老人と蝙蝠・鹿(福禄寿)”=“裕福で長寿”の吉祥図が、正面

            には“花を持って麒麟に載った童子(麒麟送子)”=“有能な子が沢山

            産まれる”吉祥図が彫られています。
        萬竹園には第二門と第三門に箱子型門墩、第四門に門枕石が設置さ

             れ、いずれも見事な模様が彫られています。

 

   画像1:辛稼軒記念祠
        辛稼軒は南宋時代の人で金朝に抵抗した長官。詩人でもあり蘇軾と

            並び称された人です。
        清光緒三十年(1904年)に李鴻章の祠として建設されましたが、 

            1960年代に辛稼軒記念祠とされた建物です。

   画像2:辛稼軒記念祠の石鼓型門墩 (高:24cm 幅:28cm 長59cm)
        台座の内側には“松の下に羽を広げた鶴(長寿)”の吉祥図が彫られて

            います。
        台座の上に石鼓(庭に置く座る台)が置かれた珍しい型の門墩です。

             この石鼓型門墩は無錫市と蘇州市と富陽市龍門鎮以外では見たことは

            有りません。

 

   画像3:西轅門街1号の邸宅
        この家の祖父は清代末の武城県長でした。
        門枕が設置された邸宅です。
       
   画像4:芙蓉街5号
        古い時代の町並みを保存した地域の門枕を備えた門

 

   画像5:曹植墓の門
        済南市から80km西南に、魏の曹操の第三子で三国時代(220-

            280年)の有名な詩人曹植の墓があります。
        その墓地への門には門枕が設置されています。
        この墓地の側で黄河が見下ろせる山頂にお寺が建設中でした。
       その山門には抱鼓型門墩が設置されていました。

 

第1節 済南市 終