第4節 他の地方
山西省中央部は中華文明の中心に近く、古くから開けた都市が多く、又金融商業活動も活発で常家・喬家・渠家・曹家・王家・陳家など大院建築群が残されています。
私は行った事がありませんので、貰った写真や書籍【注】で見かけた門墩を紹介します。
【注】写真が掲載されていたのは下記の書籍です。
≪ 古 風 ≫ 何兆興編 人民美術出版社
≪中国古鎮游≫ 中国古鎮游編輯部 陝西師範大学出版社
≪民間石雕≫ 王抗生 段建華編著 中国軽工業出版社
まずは獅子型門墩です。 (画像をクリックして 大きくなりますヨ)
画像1:楡次常家大院養和堂門楼の獅子型門墩≪古風≫
常氏一族は清の時代に繁栄し、進士や挙人も輩出した一大金融商家
で部屋が600間もある大邸宅を晋中市楡次区東陽鎮車輞村に残してい
ます。
常氏宗祠の大門と第二門の獅子型門墩も掲載されています。≪古風≫
なお、楡次城隍廟大門の獅子型門墩も掲載されています。≪古風≫
画像2:霊石県王家大院凝瑞居門楼の獅子型門墩≪古風≫
王氏一族も常氏と同様清代に繁栄し、晋中市霊石県静村に35000㎡の
大邸宅群を残しています。
凝瑞居以外に敦厚宅門と他の宅門にも獅子型門墩が掲載されてい
ます。≪古風≫
王家の門墩は台座に錦鋪を敷いた須弥座に獅子を乗せており、常家
のものより立派です。
画像3:平遥彰師亭門の獅子型門墩≪古風≫
古い城壁に囲まれた平遥古城は、金融商業都市として栄え、
伝統的な四合院を3800戸も残す世界遺産都市です。
彰師亭の外にも程宅門の獅子型門墩が掲載されています。≪古風≫
常家大院・楡次城隍廟・王家大院・平遥古城のある晋中市には、上記以外にも下記の二組の獅子型門墩がありました。
太谷県北洸村の曹家大院≪中国古鎮游≫
介休市後土廟側門≪古風≫
画像4:丁村民家の獅子型門墩≪民間石雕≫
清の乾隆十年(1745)に建てられた家の門墩です。
獅子を乗せた台座にも麒麟(正面)と仙鹿(内側)が彫られています。
丁村は臨汾市襄汾県にあり、明清朝時代の民家が残されていることで
有名な村です。
画像5:晋城市沁水県西文興村民居の獅子型門墩≪中国古鎮游≫
西文興村は北宋の大文学者柳宗元の子孫が隠れ住んだ書香門第の
村です。
画像6:晋城市陽城県北留鎮郭峪村の民家の門墩≪民間石雕≫
台座の正面・側面にも獅子が彫られています。
引き続き書籍やインターネットで見た抱鼓型門墩を紹介します。
画像1:霊石県王家大院巷門の抱鼓型有獅子門墩≪古風≫
大変精緻で色々な特徴を持った立派な門墩です。
特徴1 太鼓の上の獅子は普通正面か内側を向いていますが、この
獅子は上を睨んでいます。
特徴2 太鼓を支える鼓座が四本爪の船型で、陝西省漢中市北方
の張良廟の抱鼓型門墩の鼓座に似ていて、陝西山西地方
特有の型です。
特徴3 鼓座の下に敷かれた錦鋪は四角が一般的ですが、この錦鋪
は角が丸く円形です。
特徴4 錦鋪の四隅には獅子でなく、瓜が置かれています。
特徴5 須弥座の上に更に四脚の台を置いた豪華な二重台座と
なってます。
画像2:平遥県東昇瑞記庭院第二門の抱鼓型門墩≪古風≫
写真が小さくて細部が見て取れないのが残念です。
画像3:楡次常家大院東花園“静園”大門の抱鼓型門墩 ≪古風≫
太鼓を支える鼓座として台座の四隅に獅子の頭が彫られています。
山西省の北部に位置する大同市は北魏(386~534)の都城・遼金の陪都・明朝の九辺重鎮之一でした。雲崗石窟は中国三大石窟の一つとして有名です。
この大同の抱鼓型門墩四組の写真がインターネットに出ていました。一組は瓦礫に埋もれて全体像ははっきりしません。
他の三組を紹介します。
画像4:大同市の抱鼓型有獣吻頭門墩(ネット)
画像5:大同市の抱鼓型有獣吻頭門墩(ネット)
画像6:大同市の抱鼓型門墩(ネット)
台座を半円形に彫り込んで直接太鼓を埋め込んでおり、太鼓を支え
る鼓座を持っていません。抱鼓型発生の初期の形をうかがわせる貴重な
門墩です。
引き続き書籍やネットで見た箱子型門墩と門枕の紹介です。
画像1:祁県喬家大院芷蘭第の箱子有獅子門墩≪古風≫
正面に浅彫りの図を持った二段重箱の上に獅子が伏せている箱子型
門墩です
喬家は清朝の大富商で、その邸宅は乾隆二十年(1756年)に建設
され、その後二世紀に渡り3,870㎡の土地に6軒の大院が増設された
一大建築群です。
画像2:平遥古城渾漆斎宅院第二門の西安式箱子有獅子門墩≪古風≫
中間に錦鋪を敷き上部に獅子が伏せている西安式箱子型では珍し
い門墩です。
画像3:霊石県王家大院内小宅の西安式箱子型門墩≪古風≫
全面に彫飾りが施されています。
画像4:丁村民家第二門の箱子型門墩≪古風≫
写真が小さくて詳細は不明です。
画像5:楡次常家庄園内宅門の門枕≪古風≫
門枕の写真は平遥県衙門・平遥古城正義街5号民家・霊石県王家
大院内宅・祁県喬大院内にも掲載されていました。
中道一郎氏が平遥古城で撮影された門墩と門枕の紹介です。
画像1:平遥日昇昌の獅子型門墩 (撮影:中道一郎氏)
この門墩は門枕の上に別の石で作った獅子を乗せた と思います。
日昇昌は清朝道光四年(1824)に建てられた中国最初の銀行です。
画像2:平遥日昇昌の中に収蔵されている獅子型門墩 (撮影:中道一郎氏)
画像3:平遥古衙署の抱鼓有獅子型門墩 (撮影:中道一郎氏)
太鼓には草の型をした龍が彫られ、台座には龍が浅い平面彫りされ
ています。
太鼓を安定させる為に台座を繰り抜いた抱鼓型門墩で、後の時代に
鼓座を作る以前の古い型をした貴重な門墩だとおもいます。
この古衙署は最初北魏時代(386~534年)に建てられた平遥県庁
です。現在の建物は明清時代に建替えられたものです。
画像4:平遥日昇昌の抱鼓有獅子型門墩 (撮影:中道一郎氏)
抱鼓型門墩では獅子は太鼓の上に蹲っています。この門墩は逆に
獅子が太鼓を背負ってます。ここにしか無い珍しい型をした門墩です。
太鼓には鶴が彫られ、台座の正面には筆・寶錠・犀角が帯に束ねら
れた吉祥模様が浅い平面彫りされています。
画像5:平遥日昇昌の門枕石 (撮影:中道一郎氏)
祁県の門墩の写真をもらったもので紹介します。
画像1:祁県民家の門 (撮影:曽雪さん)
画像2:祁県民家の獅子型門墩 (撮影:曽雪さん)
画像3:王大院の獅子型門墩 (撮影:楊古城氏)
台座があまり見かけない複雑な形をしています。
清代の門墩だそうです。
画像4:祁県喬家大院の獅子型門墩 (撮影:中道一郎氏)
台座には正面内側共に模様が彫られていますが、大変浅い平面彫
なので写真では模様の内容は判明しません。
画像5:祁県喬家大院の箱子有獅子門墩 (撮影:中道一郎氏)
箱には唐草の様な縁が彫られ、樹木の下に籠を乗せた象?獅子?
の前後にお坊さん?と猿?と水鳥?が彫られている様ですが、大変浅い
平面彫なので写真では模様の内容は判明しません。
画像6:祁県喬家大院の箱子有獅子型門墩 (撮影:中道一郎氏)
顔は他の獅子と同じ様に入ってくる人を睨んでいますが、この獅子は
左後足で頭を掻いています。ちょっと愛らしい姿です。
箱には浅い平面彫りで、中央の円の中に花が3個・周りには漢紋が
彫られているようです。
画像7:祁県喬家大院の箱子型門墩 (撮影:中道一郎氏)
山西省の北部にある仏教道教の聖地の一つ・五台山の門墩写真を紹介します。
画像1:金剛寺 (出典:今よみがえる唐代中国の旅 五洲伝播出版社)
平安時代の遣唐使の一人円仁法師が二日間宿泊した寺だそうです。
その時の建築物かどうかはわかりません。
中央出入口に獅子型門墩、両脇出入口に抱鼓型有獅子門墩があります。
古いものではないようです。
画像2:寺院の抱鼓有獣吻門墩 (撮影:中道一郎氏)
画像3:寺院の抱鼓有獣吻門墩 (撮影:中道一郎氏)
この2組の門墩も古いものではないようです?
第4節 他の地方 終
第2章 山 西 省 終